明治~昭和戦前期の徳島港
No. | 徳島7 |
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県名 | 徳島県 |
市町村 | 徳島市 |
事業化(着工) | 大正2年着工 |
竣工 | 記載なし |
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地理院地図 | |
概要 | 明治33年10月に徳島市堀裏町巽浜(現幸町3丁目)に港が築かれ、明治35年6月にはその対岸の富田浦町富田浜(現富田浜3丁目)にも港が築かれ、両港は富田港と言われていた。大正2年に阿波国共同鉄道が敷設され、新町川に鉄道橋が架橋されると、上流の富田港へ航行することができなくなり、下流の堀裏町中洲(現中洲町1・2丁目)に応急の岸壁を建設し、港を移した。この港が中洲港である。大正11年5月に内務省告示により中洲港が徳島港と呼称されるようになってから、港が整備拡充され、新町川沿岸の岸壁全体が徳島港となっていった。 |
情報源 | 徳島市史編さん室編「徳島市史 第三巻」(徳島市教育委員会、1983年)、732-735頁 徳島県史編さん委員会編「徳島県史 第六巻」(徳島県、1967年)、463-465頁 ふるさと徳島編集委員会編「ふるさと徳島」(徳島市市民生活課、1988年)、7頁 |
情報源の種類 | 市町村史、郷土史、土木史 |
キーワード | 富田港 中洲港 徳島港 新町川 |
関連情報 | |
参考画像 | |
原資料PDF |
「徳島042 徳島市史第三巻.pdf」を表示する 「徳島005 徳島県史 第六巻.pdf」を表示する 「徳島101 ふるさと徳島.pdf」を表示する |